著者によれば、1990年ごろまで日本の製造業の競争力を高めた一つの要因は、よく指摘されるように、親企業と下請けの協働である。両者の長期継続取引は企業間の密接な情報交換を通じ生産性向上に寄与した。この仕組みの重要性は、東日本大震災による一部部品の供給停止が、世界的に負の影響の連鎖を引き起こしたことからもわかる。また、生産現場の随所で発揮された熟練工の技能も重要であった。例えば、二次元の平面に書かれた設計図をもとに三次元の機械加工を行うには高度の熟練が必要であった。
こうした優位を情報通信技術の革新が打ち消しつつある。熟練工による高精度の金型加工は、パソコン上の三次元での情報処理に取って代わられ、密接な関係を保った企業間での部品の調整(すり合わせ)作業も、コンピューター上のシミュレーションで代替できるようになってきた。
さらにインターネットの普及もあり、情報通信技術による熟練の代替は世界中で可能になり、一部の製品、部品は品質に差がなくなった。著者によれば、競争は高度の知的インプットを体現したプロダクト・イノベーションに関するものに移ってきている。そこでは、研究開発を担当する研究者の質を左右する教育の問題と、彼らの流動性が重要である点が指摘される。
彼らがプロジェクトごとに自由に移動して刺激を受ける中で革新が生まれるということだろう。著者も指摘するように、この点は日本企業、経済が情報通信技術の発達を競争力向上に結び付ける上で大きなハードルとなっている。
日本のものづくり―競争力基盤の変遷 [著]港徹雄 - 植田和男(東京大学教授) - 書評 - 書評・コラムを読む - BOOK asahi.com:朝日新聞社の書評サイト
面白そう。要するに日本が90年代まで他に類を見ないと誇っていた「ものづくり」の職人芸というのは、容易に情報化可能で急速に陳腐化するような技術だったのだが、当時は情報機械やネットワークなどのインフラがなかったのでタマタマ伝播しなかったと。しかし、そうでない時代がくれば、当然機械や比較的低賃金のアジア諸国の職人に委譲可能になってしまうと。なるほどね。
そして、今後国がものづくりの競争力を保とうとするには、もっともっと高度な知識が必要になり、それを持っている人材が必要だと。なるほどね。
今から大学や大学院に変われっていっても10年以上かかるよね。これはもう、いま中国や韓国がやっているカッコウの托卵作戦を試みてみるしか無いんじゃないの?つまり、今ある日本の大学や大学院、東大などの世界でも競争的地位にあるような大学・大学院は除いて、それ以外の、少しはレベルが高いが世界と戦うほどでない、いわゆるボリュームゾーンの大学のいくつかが、欧米の大学院へ進学するための予備校になると。まるで過去の清華大学のように。講義をほとんどすべて英語にして、TOEFLやGREなどの北米や欧州の大学院進学テストを必須にして、もうひたすらそれだけをやると。もしも、その大学で英語の講義ができるほどの人材の数が足りなかったら、それこそStanfordやMITやUCBやIndian Institute of Technologyのネットの無料動画講義を利用すると(こうするとまさに資格予備校っぽくなるな)。そして海外の競争的環境で生き残ってきた人を日本に還流させると。そうすれば、おそらくその大学院予備校となった大学のレベルが急上昇すると思うよ。
(via kashino)
(tayu-tauから)